常陸国風土記の倭武をめぐる短い美しい文章を読んでいたら、頭の内に一つの情景が浮かんで来た。
森の小径で顔を上げると、濃い青色の空が広がっているのが目に入った。空気は乾燥して熱い。すでに盛夏は過ぎたが、辺りの木々は旺盛に葉を茂らせている。地面は赤茶色く、その表土はひとたび風に舞い上げられれば小さな棘のように人の目を刺すだろう。しかし、いま風はやんでいる。倭武の乗る乗輿のそばに立つ男たちも動かない。その足下を真っ黒い蟻が列をなして這い回っている。……
先の短い文章には、このような妄想を誘い出す力がある。ちなみに夏の情景としたのは勝手な決めつけで、原文に季節は出て来ない。だが、私には夏としか思えないのである。こうした文章が紡ぎ出されたのは、この文章にとっては余徳に過ぎない(当たり前だが)。「常陸国風土記」には、このすぐ後にも魅力的な文章が続く。 続きを読む