日別アーカイブ: 2019年1月20日

カルデニオに招かれた客たち  #32

キホーテ主従やカルデニオらが勢揃いする旅籠に、さらに何人もの客や闖入者が現れる。まずはアルジェでの虜囚の身から逃れた「捕虜」と、イスラム教からキリスト教への転向者である美女ソライダの二人組。捕虜がアルジェからの脱出を語る物語は3章に渡る長さだ。続いて判事と娘ドニャ・クラーラ。判事は新任地であるインディアスに渡る途中であるが、実は彼は生き別れた捕虜の弟であることが判明する。さらに、騾馬ひきの男が見事なソネットを歌うのが聞こえて来る。これは名家の御曹司ドン・ルイスが、ドニャ・クラーラを慕うあまり身をやつして追いかけて来たものだ。この間、キホーテをめぐるドタバタも語られはするが、物語は殆ど旅籠の客たちに乗っ取られてしまう。

ストーリーがなるべく滑らかに進むべきものであるとしたら、跛行と言いたいギクシャクした展開である。旅籠への新入りたちはみな、ドン・フェルナンドとルシンダも含めて、キホーテとの関係によって集まって来たのではなかった。彼らは、カルデニオに引き寄せられた者たちなのである。

裏切られた愛、流浪の身への転落、イスラム教徒との戦いと虜囚、虜囚からの脱出、インディアスという新天地への渡航。客たちに与えられたこうした属性は、カルデニオとその背後にいるセルバンテスが、実人生において、体験したり、体験しそこなったりした諸々なのである。セルバンテスは、自らの来し方や、望んでも叶えられなかった思いを長編小説の中に織り込むことに喜びや慰めを感じただろう、と私は想像する(虜囚の体験をして、それを作品に取り入れたいと望まない作家がいるだろうか?)。この目的のために、作者は、カルデニオという人物を、周到な準備をした上で登場させたのではないか。 続きを読む