旧約聖書の凄さ(8)  #59

彼方から呼ばわる声が聞こえた日の夜明け(適当)

旧約聖書は、弱小民族が過酷な歴史に翻弄される中、生き残りのために編んだ叡智の集成だった。旧約の凄さは、つまるところ、そこにある。ヤハウェ信仰につながる人々は、アッシリア、バビロニアによる侵略と捕囚、ペルシア、ローマ等による支配を受けつつも、旧約聖書を完成させ、ユダヤ人としてのまとまりを維持した。一方、たとえば彼らの国を滅ぼした大国アッシリア、バビロニアは歴史の流れの中で滅び去り、その後、民族集団としてのアッシリア人、バビロニア人は消滅してしまう。

旧約の中で、ユダヤ民族の生存戦略のイデオロギー的な側面が最も顕著に現れているのは、イザヤ、エレミヤ、エゼキエルの三大預言書だろう。予言者たちは、敗残の同胞にこう語りかける――主は他国の神に敗れたのではない、主の他に神はいないのだから。我々を蹂躙した敵は、我々を罰するために振るわれる神の鞭なのだ。だから、支配者に対して抵抗するな、主は、我々が主との契約を破り、罪を犯したことを許しはしない。しかし、主は我々を見放さず、やがて救いの手をさしのべるだろう。

預言者たちは、自分たちの犯した罪と下される罰について熱弁を奮う。それが(短いとは言えない)預言書を通して執拗に続き、読んでいる私の脳内には濃霧が立ちこめて来るかのよう……だったのが、ある時一挙に展望が開けたことは前に述べた(#52)。旧約の罪と罰というテーマは、預言書以外の箇所では、物語化されたり、詩文化されたりしてある程度受容しやすくなっている。しかし、預言書はイデオロギー剥き出しなのである。そのため、預言書からは、はるか遠くで呼ばわる「声」が、聞き苦しいほどしわがれてはいるが真剣そのものである「声」が聞こえて来るのである。

ヤハウェ擁護には、上記のようなアクロバティックな議論が必要とされ、人々を納得させるのも容易ではなかったはずだ。だからこそ、かくも読みづらく、イデオロギー臭を感じさせる文章になったと思える。預言書については、イエス・キリストの誕生が予告されていたと解釈できる箇所ばかり取り上げられ、全体を読む人は少ないようだ。私も再読したいわけではないが、旧約の真骨頂はここにあるとも感じている。預言書は「作者の言いたいこと」が露わであり、だからこそ読んでいる最中に、旧約全体への視界が開けたのだと思える。

さて、いかに旧約が凄いといっても、所詮は他国の支配下にある一民族の聖典でしかなかった。それを世界の人々が常識として知るようになったという事実は、不思議を超えた驚異だ。旧約聖書の誕生は、カナン(パレスティナ)の地政学的な位置と切り離せない。古い大国エジプトと、アッシリア、バビロニア、ペルシアといった東の帝国との間に位置し、それらの国々が覇を唱える際には必ずおさえるべき場所だった。そこに住むヤハウェ信仰につながる人々は、大国に翻弄される歴史の中で、民族の生存を賭けて旧約を生み出したのだ(と私は考える)。

この「王の道」のルートにあたる地域を、バルカン半島から来たアレクサンドロス大王の軍勢が慌ただしく往復し、その置き土産としてギリシア系エジプト王朝が成立した。この頃、ユダヤ人の多くは、異民族の支配下で既にヘブライ語を理解できなくなっており、旧約はギリシア語に翻訳された。「シナゴーグ」もギリシア系の語なのだそうだ。

次には、強大化したローマ帝国がこの地を支配する。ローマの覇権の下で、ユダヤ人は独特の信仰を持つ集団として、いくつかの宗派に分かれつつも確固とした存在感を放っていたようだ。イエスを中心とする一派はそうした中に位置を占める新興宗派だったが、特に目覚ましい勢力ではなかった。この集団に、イエスの死後、サウロ(パウロ)なる人物が仲間入りし、彼の主導で一派はキリスト教という「教団」へと成長する。

パウロは帝国各地で布教を行い、首都ローマで殉教する。その後、紆余曲折を経てキリスト教は「世界帝国」ローマの国教となり、ヨーロッパ中に広まる。後にヨーロッパ諸国が世界に進出し、多くの地域を直接、間接に支配していくのに際して、キリスト教は欠かせない別動部隊だった。キリスト教会は、ユダヤ教の教典を旧約聖書として自らの聖典としていたため、旧約もまた世界に広まった。

かくして、なのかどうか、たとえば出エジプトは極東の島国日本の「世界史」教科書において、歴史的事実として記載された(手許にある山川出版社『詳説世界史』昭和57年版の記述)。聖書以外に出エジプトに関する史料はないのだから、掲載するとしても神話という扱いになるのが妥当なようだが、そうではない。極めてローカルな神話が、世界を「征服」したのである。これは確かに「奇跡」だ。それが望ましいことだったのかどうかは、また別の話。