日別アーカイブ: 2021年8月16日

常陸国風土記と三人の万葉歌人  #78

 天平の無名詩人、春日蔵首老かすがのくらのおびとおゆを、首尾良く常陸国風土記に詩想を吹き込んだ人物と名指すことができるだろうか? 同風土記の撰述者とされることの多い藤原宇合うまかいと高橋虫麻呂と併せ、三人の万葉集の作品を比較することで確かめたい。別に論文ではないのだから、私がそう思ったでもいいのだが、ある程度の客観性を目指す方がこのブログらしいと思う(引用は岩波文庫2013年初版『万葉集』による。以前の回と表記が違っていることがある。末尾の数字は、巻数-歌番号)。

 まずは春日蔵首老。弁基(3-298)と春日(9-1717)の歌を含む一方、社交的な返答歌(3-286)を省いた。老がその「個性」を発揮して作ったとは思えないので。逆に、同じ観点から、#72で取り上げた懐風藻の漢詩を再録した。

 河上かわのへのつらつら椿つらつらに見れども飽かず巨勢こせ春野はるのは(1-56)
 ありねよし対馬つしまの渡り海中わたなかぬさ取り向けて早帰りね(1-62)
 つのさはふ磐余いはれも過ぎず泊瀬山はつせやま何時いつかも越えむはふけにつつ(3-282)
 焼津やきづが行きしかば駿河なる阿倍あへ市道いちぢに逢ひしらはも(3-284)
 真土山まつちやまゆふ越え行きて盧前いほさき角太すみだ河原かはらにひとりかも寝む(3-298)
 三川みつかは淵瀬ふちせもおちず小網さでさすに衣手ころもで濡れぬはなしに(9-1717)
 照る月を雲な隠しそ島陰しまかげに我が船てむとまり知らずも(9-1719)

 花色花枝くわしょくくわしを染め、鶯吟鶯谷あうぎんあうこくあらたし。水に臨みて良宴を開き、さかづきにうかべて芳春をはやす。(懐風藻59) 続きを読む