前回、セルバンテスの作品が古びないのは強靱な文体が備わっているから、と書きました。当然、強靱な文体とは何か、また同時代の他の作家との比較してどうかなどを論じるべきなのでしょうが、私の書き方では無駄に長くなります。ここでほんの一部分を引いてすませることにします。「模範小説集」中の屈指の作品、悪漢小説「リンコネーテとコルタディーリョ」の一場面です。
《丸ぽちゃ》と呼ばれる女が、盗賊一味の愛人から暴力を受けて苦しんでいると頭領に訴えます。すると、同様の目にあった訳知りの女が《丸ぽちゃ》に問いかけます。その男は「あんたを折檻し、ひどい目にあわせた後で、あんたのことを少しは愛撫しなかった?」《丸ぽちゃ》が答えます。「少しはですって? ……それはそれは何度も何度もしたわ……だいいち、さんざんあたいを打ちのめしておきながら、涙ぐんでさえいたんだから」(牛島信明訳)
DV(ドメスティック・ヴァイオレンス)という悲しい「愛」のありようが、ここで時も場所も超えて表現されているわけですが、セルバンテスはその真実の姿を二人の女が交わす生き生きとした会話の形で描き出しています。このような軽快でありながら芯の強さと深みを感じさせる文章は、前回名前を出した「にせの伯母さん」や、私が読んだスペイン黄金世紀の戯曲のいくつかには見出せませんでした。閑話休題。これからが今日の本題です。 続きを読む