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ウラジーミル・ナボコフ『青白い炎』 #61

ナボコフ「青白い炎」は、架空のアメリカ詩人ジョン・シェイドの最後の詩と、シェイドの大学の同僚チャールズ・キンボートによる前書きと註釈、索引からなる凝った体裁の小説だ。註釈と言いながら、ゼンブラ王国の国王やキンボートに関連する記述が過半を占める。国王=キンボートなのか? と読者に謎をかけつつ。

キンボートは単なる語り手=主人公ではない。提示されるシェイドの詩は彼の編集になるものであり、キンボートの語りは註釈という形式によって作中で絶対的な強度を持つ。註釈の多くはアカデミックな視点からは容認されない……いや素人目にもおかしいのだが、シェイドの妻や大学の同僚、シェイドの研究者たちは、シェイドの「最後の詩」という宝物に触れるためには、少なくとも一度この註釈を経由せざるを得ない。その事情は私たち読者も同じだ。狂った信用できない語り手であるキンボートが読者を支配するのである。

実は「青白い炎」はキンボートの自叙伝とも言えるのだが、だからといって全てが狂気に満たされているわけではない。時に美しいとさえ言える「詩と真実」が垣間見えることもある。ナボコフ自身が語っているかのような文学論や、シェイドの詩を介して表明されるキンボート自身の文学への愛など。私が感じ入ったのは、シェイドの誕生日(キンボートの誕生日でもある)の出来事が綴られた181行目の註釈における「描写」だった。 続きを読む