またもドン・キホーテに出会う

 ドン・キホーテに「さらば」と挨拶(#70)し、そのすぐ後に1回だけ「再見」して補注を書いてから、いつの間にか1年以上が過ぎていました。ずっと探し続けていたドン・キホーテの面白さの謎について、アメリコ・カストロという鍵となる学者を見つけたものの、スペイン語ができず、さりとて翻訳書の文章は私にはとても読めないので、断念せざるを得なかったのです。しかし、事情が変わったと言えそうです。

 断念の六つ目の理由としてあげた頭痛と眼痛は、その後大幅に軽くなっていました(でなければ、noteの常陸国風土記現代語訳は不可能でした)。そして、知らなかったのですが、昨年暮れにカストロの主著が『スペインの歴史的現実』『スペイン人とは誰か』という2冊の邦訳として出版されていたのです。これを例の隣町の書店で発見し、各8000円ではすぐには買えず、読めるのか試そうと図書館で借りました。

 訳者は私が読めなかったカストロの他の本と同じ本田誠二氏です。しかし、両書は(苦労はしますが)読めます。そして内容は間違いなく興味深いのです。厚さからして図書館から借りてでは読み切れないので、『現実』を買いました。で、『誰か』をどうするか、悩んでいます。ここで本格的に読み始めると、せっかく取りかかるはずの小説が先延ばしになります。とりあえず揃えておいて、少しずつ読んで……。他にも、1万円超えの本が必要になりそうなのも辛いところです。

 ドン・キホーテの面白さに何か不可解な点がある、という私の感覚は間違っていなかったようです。その直観は、カストロの示すスペインの歴史の(隠されていた)核心に導いてくれました。スペインはキリスト教国であり、ヨーロッパの一部としてスペイン人自身にとらられて来ましたが、実際には、スペインという国はキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒が絡まり合って歴史的に形成されたのであり、「レコンキスタ」の後もイスラム的、ユダヤ的な要素は厳然として存在していたのです。

 セルバンテスの戯曲「ヌマンシアの包囲」は古代ローマ時代を舞台にしています。その主題は愛国者が命を賭けてもスペイン人としての誇りを守るといったものです。それなりに面白いものの、違和感がつきまといます。なぜなのか、読んだ時には不明でしたが、古代ローマ時代にスペインという国、スペイン人という概念があったのか、不問に付されていたせいだったのです。それは「現代」を過去に投影するアナクロニズムでした。

 #69でも述べたように、ドン・キホーテをカストロに示唆された観点からみると、登場人物たちの人物像や人間関係、キホーテの度外れた行動や周囲の反応などが違って見えて来ます。残酷なドタバタ喜劇、恋愛小説狂いのボヴァリー夫人との類似、孤独な求道者といったこれまでの見方に、私はある程度は同意しつつも納得できなかったのですが、カストロからは別の強力な回答が得られそうです。

 とはいえ、小説の準備をしなくてはなりません。カストロは、残念ながら後回しにします。次回以降、レワニワ書房通信を、資料として読んだ本からの引用を中心とするメモ書きとして使おうと思っています。資料用としてであっても、まとまった文章にしようとすると、私の能力ではひどく時間がかかりますし、かといって更新を止めるのもイヤ。どんな風になるのか、やってみないと分かりませんが、今のところはそういうつもりでいます。