月別アーカイブ: 2021年3月

アカデミアの空白

メインPCのWindows10への更新は、大きなトラブルなしにすみました。その昔、PCの更新作業というと、私のような一般ユーザーには大変な関門で、神経をすり減らしつつ、多大な時間を費やしたものでした。今やOSの更新自体は何ということもなく、ただ便利な機能が使えなくなったり、ちょっとした操作で戸惑わせられたりして、テック企業の都合に振り回されることを苛立たしく感じるくらいですみます。

閑話休題。以下、「シェイクスピアはドン・キホーテをどう読んだか?」を書く間に思いめぐらしたことを記します(シェイクスピアから取りあえず離れます)。上記のエッセイもそうですが、私はアカデミズムの端っこをかすめる「研究もどき」を何度か敢行し、新しい知見を得て発表しています。なぜ、学者でない私に、そのような「発見」ができたのでしょうか?

研究分野に参入し、成果をあげようと意図したわけではありません。自ら抱いた疑問を解決しようとジタバタしていたら、アカデミアの近傍にたどり着いたというのが真相です。最初は、会社員の存在の意味について考える内、その歴史を知りたくなったのでした。適当な解説書がなかったので(このこと自体が驚きでしたが)、自分で探究をするうち深みにはまりました。 続きを読む

続・再び恋に落ちたシェイクスピア

キメラ的な『再び恋に落ちたシェイクスピア』、ほぼ完成しました。何という徒労! 2週間かけて、400字詰め換算96枚。短めの中編小説一本分(シナリオの第1稿のような形で、ややラフに書かれています)。前回記したように、使い途は恐らくありません。でも、途中でやめようとは一度も思いませんでした。暇の産物には違いないのですが、この2週間、何ものかに追い立てられているようでした。

何ものか。ミューズみたいな立派な神様ではなさそうです。ジーニーくらいか? シェイクスピア大明神ではなおさら畏れ多く。『再び恋に……』に登場するのは、映画の登場人物であったところのシェイクスピアであり、だからこそ実在の人物の名を勝手に使っても「良心の呵責」など感じなかったのでしょう。

執筆の合間には、徒労感に浸されて嫌になることもありました。しかし、いざPCに向かうと書く快楽に突き動かされるようで、思い煩うことはなかったのです。主な材料は、自家製カルデニオ-ハムレット論(→PDF直リン)、『二重の欺瞞』、『恋に落ちたシェイクスピア』。この三者をどう組み合わせるか全くのノープランでした。一行のメモすらなし。しかし取りかかれば次々に展開や場面、人物が勝手に登場して、執筆が滞ることはありませんでした。生来、筆の遅い性なのに、なぜ一気呵成に書けたのでしょうか? 続きを読む

再び恋に落ちたシェイクスピア

困ったことになりました。「恋に落ちたシェイクスピア」の勝手に作る続編「再び恋に落ちたシェイクスピア」を書き始めたら、止まらなくなったのです。プロットにいくつか科白や場面の説明を加えてシナリオ風にし、ブログ1回分にするのが最初の心づもりでした。それが長くなりそうなので、レワニワ図書館に加えてもいいかなと思い始めたものの、全く予想外の展開で、書けば書くほど科白や場面が湧き上がって来ます。

400字詰め換算で既に40枚を超え、このままだと100枚までは行かずとも、それに近くなるでしょう。これほど書いてしまうと、たとえこの人跡稀なサイトの無料コンテンツとはいえ、誰にもアクセス可能なので、たとえばレワニワ図書館に配架することははばかられます。贋作のドン・キホーテ続編みたいなものです。映画の内容が核として存在しているからです。

一方で、私の創作物であることも間違いありません。カルデニオ-ハムレット説という私の独自の論が最重要の核心となっているからです。使い道のないキメラができつつあります。今更やめることもできません。筆の勢いというものがあります。いずれ書き始める予定の小説の予行演習にはなりますが……。以下、現在最も新しい部分をアップしておきます。前後のシーンなどの説明は省略。 続きを読む