風土記の刊本は、「延喜式」の国の並び順に従って「常陸国風土記」から始めるのが通例とのことで、角川ソフィア文庫版(中村啓信監修・訳注)もそうなっている。常陸国が風土記巻頭に置かれるのは、読者にとって幸運と言えそうだ。「常陸国風土記」は始まりからして興味深く、読者が作中に入り込みやすいのである。私が本屋で立ち読みしたのも、この部分だった。風土記中、まとまって現存するのは五か国で、常陸以下、出雲、播磨、筑前、筑後である(ほかに風土記から他書に引用されたものを採取した「逸文」も風土記の一部とされる)。
「常陸国風土記」の冒頭、記紀神話中最大の悲劇的英雄倭武が登場する。「常陸国風土記」では、「倭武天皇」と表記されるのだが、即位することなく亡くなった倭武がなぜ「天皇」なのか、興味を覚えた方は三浦氏の新書をご覧ください。私が面白いと思ったのは、そこではなかった。
倭武は東夷の国を巡視し、新治県を過ぎたところで国造に命じて井戸を掘らせた。
「流泉浄く澄み、充好愛し。時に、乗輿を停めて、水を翫び、手を洗いたまふ。」 続きを読む