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岩崎弥太郎、幕末長崎の青春

 岩崎弥太郎は、幕末につけていた日記に、日曜日を休日とし、誕生日を祝ったことを記しています。日曜日は明治政府が太陽暦が導入した後に広まり、誕生日は第二次大戦後に普及したとされているようです。弥太郎は日曜休日や誕生祝いを世間に先駆けて採用していたことになります。弥太郎は、グラバーら外国商人とのつきあいから西洋の風習を取り入れたのでしょう。

 誕生日の祝いは、織田信長がキリスト教の宣教師から影響を受けて行ったのが最初と言われており、身内での楽しみに留まったことも含め、弥太郎の場合と経緯が似ています。日曜休日や誕生祝いは、弥太郎が外国商人との交流から多くを学んだ一つの現れです。こうした交流は、彼が後に海運業を起こし、近代的企業である三菱を作るいしずえとなりました(ここでは弥太郎の長崎時代に焦点を絞りたいので、これ以上の追求はしません)。

 弥太郎は新しもの好きでした。長崎の料亭に洋服を着て行き、笑われたこともあります。日曜休日や誕生祝いは、こうした彼の性格の発露だったのでしょう。これは、彼が下級武士であるのに、二度目の長崎赴任では土佐商会の実質的な経営主任であったという微妙な立場とかかわっています。上士なら西洋の習慣を取り入れることをはばかったでしょうし、ただの下士では新奇な習慣や行事を商会の中に取り入れる力を持ち得ません。 続きを読む