日別アーカイブ: 2020年12月12日

寂しい森の楽しい散歩 模範小説集(2)

樋口正義訳『セルバンテス模範小説集』を読んで気づいたことが、いくつかありました。まずは、ドン・キホーテはセルバンテスの作品の中でやはり傑出したものだということです。「模範小説集」は決してつまらなくはありませんが、ドン・キホーテの作者の作品でなければ、小説集が単独で日本語訳されるなどということはなく、セルバンテスはスペイン黄金世紀の群小作家の一人という扱いだったでしょう。

ドン・キホーテ前・後編でなされた飛躍はそれほど大きなものでした。飛躍とは、煎じ詰めると、キホーテというとんでもない「偉大な人物」を創造したこと、キホーテ、サンチョの主従という絶妙のコンビを発明したことになりそうです。

これを書く前、セルバンテス作の戯曲をいくつか読んでみました。すると、「模範小説集」でも同様だったのですが、次第に寂しい森をさまよっているような気分になって来ました。いくらページを繰っても、キホーテ主従ほどの魅力ある人物に出くわさないのです。そうした作品群は、ドン・キホーテという高峰の裾野に位置して、その高さを指し示してくれているかのようです。しかし、裾野の森を巡り歩くことにも楽しみはあります。 続きを読む