困ったことになりました。「恋に落ちたシェイクスピア」の勝手に作る続編「再び恋に落ちたシェイクスピア」を書き始めたら、止まらなくなったのです。プロットにいくつか科白や場面の説明を加えてシナリオ風にし、ブログ1回分にするのが最初の心づもりでした。それが長くなりそうなので、レワニワ図書館に加えてもいいかなと思い始めたものの、全く予想外の展開で、書けば書くほど科白や場面が湧き上がって来ます。
400字詰め換算で既に40枚を超え、このままだと100枚までは行かずとも、それに近くなるでしょう。これほど書いてしまうと、たとえこの人跡稀なサイトの無料コンテンツとはいえ、誰にもアクセス可能なので、たとえばレワニワ図書館に配架することははばかられます。贋作のドン・キホーテ続編みたいなものです。映画の内容が核として存在しているからです。
一方で、私の創作物であることも間違いありません。カルデニオ-ハムレット説という私の独自の論が最重要の核心となっているからです。使い道のないキメラができつつあります。今更やめることもできません。筆の勢いというものがあります。いずれ書き始める予定の小説の予行演習にはなりますが……。以下、現在最も新しい部分をアップしておきます。前後のシーンなどの説明は省略。
夜。シェイクスピアの居室。蝋燭の光でドン・キホーテの英訳原稿を音読するシェイクスピア(黙読はまだ知られてない、はず)。最初は集中できない様子だったが、次第に吸い寄せられ、声に熱がこもって来る。……
光が不意に明るくなって驚くシェイクスピア。蝋燭が溶けて消えそうになっている。シェイクスピアはすっかりドン・キホーテに夢中だ。あわてて新しい蝋燭に火を移す。シェイクスピアの独り言。
何という物語だ。下らないドタバタ喜劇だと抜かしたやつは誰だ。スペインにこんな書き手がいたのか。サーバンティーズ? ケルバンテス? 覚えておくとしよう。
夜明け。シェイクスピアは読み続けている。熱心な祈祷者のように。独り言。
こいつは何を読んで、こんなものを書いたんだ? 騎士道物語を読みすぎたのは作者だろう。そして、カルデニオ! まるで復讐の場から逃げ去っていく王子じゃないか。ハムレット! ハムレット! ああ、俺は今更ハムレットの亡霊に取り憑かれたようだ。みながハムレットを持ち出して、俺を狂わせようとする。
シェイクスピアは窓の外を見やる。
カルデニオ、お前はなぜ、裏切って恋人ルシンダを奪った友人に復讐しないのだ? なぜ、ルシンダと裏切り者との結婚式を止めないのだ? なぜ、結婚式の場から黙って逃げ出し、山奥に引きこもるのだ? でたらめじゃないか。
だが、俺は知っている。こうでなくてはならないのだ。人生と世界の暗い真実に触れた経験のある者だけが、こう書ける。並の作家は思いつきもしない。サーバンティーズ、俺はお前がどうやってこんなものを書いたのか知っているぞ。
ハムレットを見たのだろう? 盗んだのだ。俺がスペインの劇作家ローペ・デ・ベーガから拝借したように。もし、そうでないなら、サーバンティーズ、お前は俺と同じほどの才能の持ち主ということになる。
シェイクスピアは一人微笑む。
もしハムレットを見て書いたのだとしても、そこに気づいたことは褒めてやろう。しかし、ハムレットなしで自ら書いたのなら……大した奴がスペインにもいたということだ。だが、サーバンティーズ、残念だったな。カルデニオは不徹底だ。ハムレットにはとても敵わない。やはりあの王子は特別なようだ。サーバンティーズの物語は別の筋道に飛び込んでしまった。それはそれで面白いが。その証拠に、俺は読むのをやめることができない。
読書を再開するシェイクスピア。