ロシアのハムレット、「青白い炎」の翻訳

オリジナルのミニと翻訳(超訳?)されたミニ

さすがに夢ではありませんでした。「ハムレットとドン・キホーテ」の回に「ロシアでのハムレットの最初期の翻訳では、ハムレットとオフェリアが結ばれるハッピーエンドに改変され……訳者は劇作者で」とした記述の元が見つけられなくなり、夢か妄想かと心配になったのでした。「元」は不明のままですが、ロシアのハムレットについて根拠となる論文を発見しました。

柳富子氏によれば、ロシアでハムレットを最初に紹介したのは18世紀の悲劇作家スマローロフでした。しかし内容は大きく変更されていて、ハムレットはオフィーリアと共に最後まで死にません。柳氏の論文には記述がないのですが、岡部匠一氏は、二人が最後に「幸せにwedded happily結婚した」と書いています(英語論文)。

スマローロフの「ハムレット」はシェイクスピア作のクレジット抜きで発表され、原作者を見破られると、一部が似ているだけだと模倣を否定したそうです。柳氏は劇の概略を記しています。ハムレットは内省をせず、周囲の状況で復讐を先延ばしにするようです。結末では、反逆した娘オフェリアをその父が殺す寸前、ハムレットらが処刑場になだれ込み、父を成敗しようとすると、娘は父の命を取るなら私を殺してからにして、と……。

翻訳とは言いがたく、原作の登場人物や枠組みを使った二次創作とみなすのがふさわしいようです。二次創作という語が普及する前の論文なので、柳、岡部両氏はそうした言葉を使っていませんが。こうしてみると、シェイクスピアが、また当時のイギリスの演劇文化の水準が飛び抜けていたことが改めて明らかになります。それにしても、私は何を読んで、ロシアのハムレットについて知ったのでしょう……?

次はナボコフ「青白い炎」をめぐる話。英国で少年時代を過ごし、ずっと英語にかかわって来た大学時代の友人に英文の感想を求めたところ、色々面白かったので許可を得て一部を紹介します。「『英語的に難しい文だからよく解らないのか? それとも、英語圏の人間ではない人間が書いた変な英文だから解らないのか』と、実は私は仕事上でこのような英文や英語によく悩まされて」いて、感想としては「めんどくせー奴だなぁ~」なのですが、「好き嫌いは別にして、これらの文章は私にでさえ『良くできているな』」と思わせるものだったとのことでした。仕事じゃないのに悩ませてしまいました。申し訳ない。

日本語訳について、原作の香りはないが正確な訳と書きました。ただし、一つ気になっていることがあります。主人公の大学教授キンボートは、大詩人の誕生パーティーで給仕をしている一人と「とても親しい」ことに気づくのですが、富士川義之、森慎一郎両氏とも彼を「ホテルhotel school学校」の若者としています。このhotel schoolは「ホテル学部」と訳すべきではないでしょうか。それは単に舞台のワーズミス大学のモデルとなったコーネル大学に「全米一のホテル学部School of Hotel Administration」があるからというのではありません(じゃあ、全米第二はどこなんだよ、という冗談でもあるようです。他の名門大学にホテル学部はないので)。

小説中、主人公は――ゼンブラ国王もキンボートも――同性愛の相手を必ず手近なところで見つけているのです。ホテル学校だと大学の外ということになり、相手探しの例外なのか説明が必要になりそうですが、原文にそうした記述はありません。主人公の性癖、あるいは当時の同性愛者の事情等々、どういう理由かは不明としても、これをホテル学校とするのは疑問です。まあ、英語がよくできない人間が生半可なことを言っているだけですが。

最後の話題。「翻訳と葛藤」の回に書き、間違いを正した際に一緒に消した記述があります。「どこまで行けるか分かりませんが、難敵になりそうな英語の小説をもう一冊読んでみようと計画中」これ、フォークナーが意中の作家だったのですが、その後頭痛と眼痛がきつくなり、とても無理だろうというので、修正を機に削除しました。

しかし、心変わりしそうな気配です。フアン・ルルフォを読んだら、自動的に(?)フォークナーが再度気にかかってしまったのです。ルルフォについては次回、書く予定。頭痛と眼痛の程度次第ですが、もし調子が良ければ……ちょっと気が重いかなあ。予告はしないことにします。

文献
柳富子「スマローロフの『ハムレット』(1748年)-死から生への変容-」、『ハムレットへの旅立ち』早稲田大学出版部、2001年
園部匠一 Hamletism in Russia:Perspective in History.: From the First Hamlet (Sumarokov,1748) to its First Stage(Mochalov,1838)、「金沢大学文学部論叢、文学科編」1994年