モーセと神武の旅


 『解明 新世界史』(岡部健彦・堀川哲男共著 文英堂 1983年刊)より

上図は、私がかつて編集作業を行った参考書中の「歴史地図」です。編集といっても旧版のリデザインが主で、図版も旧版を多く使ったと記憶しています。もっともらしく「ダヴィデ・ソロモンの王国の領域」とありますが、この地図に確とした根拠はなかったでしょう。あるはずがないのです(#55参照)。昔だから通用したのかというとそうでもなく、今でも通用しそうです。

前に紹介した長谷川修一氏は『聖書考古学』(2013年)で「残念ながら、いまだに日本の歴史教科書の中には、モーセの出エジプトを史実として……記述しているものがある」と指摘しています。「聖書の記述を無批判に史料として用いて書かれた……歴史は、今や大筋で否定されている」のです。出エジプト記の辺りは神話の領域に属するものであり、ダビデとソロモンの王国などの叙述も史実とは言えません。

さすがに専門家の指摘があった後では訂正されているだろう、と思いつつ、現在使われている教科書を確かめるべく、上野の国立博物館裏にある国会図書館の別館(国際子ども図書館)に出かけました。教科書を調べようとするとなぜか結構面倒です。まるで世間の目をはばかるかのように……。

ところが、現在使用されている山川出版社『詳説世界史 改訂版』(2016年文科省検定済)に、「ヘブライ人は」移住したエジプトから「前13世紀頃に指導者モーセのもとパレスチナに脱出した(出エジプト)」と記されていました。何も変わっていません。山川の『高校世界史 改訂版』『新世界史 改訂版』(共に2017年検定)も同様です。ところが、後2者と同じ年に検定を通った帝国書院『新詳 世界史B』では「出エジプト伝承・・」と記されています(傍点伊井)。山川版と帝国書院版とは歴史の記述として両立しません。文科省の検定はどうなっているのか、と疑問を抱いてしまいます。

旧約聖書が世界の歴史を知る上で大きな存在であることは確かです。しかし、それと旧約の記述を歴史的な事実として教科書に載せることとはまるで別です。教えるとしたら、旧約を作り上げ、信じた人々がいたことと、その後世への影響といったところでしょうか。

聖書研究者は次のように述べます。山我哲雄氏(「旧約聖書を通読するには」などを参照)は『聖書時代史』で、旧約の歴史書の多くは「起こったと信じられている・・・・・・・出来事や経過についての後代の信念と解釈を伝えるもの」(傍点原著者)、「信じられた歴史」であるとし、雨宮慧氏(前回参照)は「聖書が語る歴史は、神を信じて生き抜こうとした者が見た歴史」であるとします。

聖書が語る歴史は史実ではないとしても大事なものだ、と言おうとしているようです。聖書の記述は史実ではないという聖書研究者の常識は、しかし世間には全く伝わっておらず、教科書の誤りすら訂正されません。キリスト教関係者にとって(聖書研究者の多くを含む?)、この誤解は都合が良いので放置しているのでしょうか。

問題はまだあります。ユダヤ教、キリスト教の「神話」が世界史の教科書に採用される一方で、日本の神話は、高校日本史や中学校の歴史の教科書に一切姿を見せません。古事記や日本書紀の編纂についての記述のみなのです。旧約の「神話」は掲載する一方で、日本の神話は教科書から排除する。まさに二重基準ですダブルスタンダード

そういえば、日本の古代神話は事実ではないから学校で教えるべきではないとかまびすしかった時期がありましたっけ。その「成果」のようです。史実ではなくとも、日本の社会や文化の基層を形作って来た「信じられた歴史」を、歴史教育において排除するのは正しいことなのでしょうか?

おかしなことが起こっています。高校の歴史教科書の中に、高度成長期に「神武景気」という言葉が現れたことを記したものが複数あります。しかし、神武天皇については触れられないか、小さな註釈があるのみです。これでは「日本始まって以来の好景気」という意味が伝わりません。

神武天皇は私の故郷である「日向国」から船出して大和に向かったことになっています。この東征を、モーセに率いられての「出エジプト」と較べてみたくなります。はるかに離れた場所の始原の神話に、このようなアナロジーが成立するのは面白いことです(長谷川氏は前掲書で旧約と古事記を比較しています)。

歴史への興味の原点は、自分たちの来歴を知ることです。日本人はどこから来て、いかに生きたのか――私たちの先祖が、こうした事柄についてどのように考えていたのかを知ることは、歴史教育において必要なことなのではないでしょうか。