旧約聖書」カテゴリーアーカイブ

モーセと神武の旅


 『解明 新世界史』(岡部健彦・堀川哲男共著 文英堂 1983年刊)より

上図は、私がかつて編集作業を行った参考書中の「歴史地図」です。編集といっても旧版のリデザインが主で、図版も旧版を多く使ったと記憶しています。もっともらしく「ダヴィデ・ソロモンの王国の領域」とありますが、この地図に確とした根拠はなかったでしょう。あるはずがないのです(#55参照)。昔だから通用したのかというとそうでもなく、今でも通用しそうです。

前に紹介した長谷川修一氏は『聖書考古学』(2013年)で「残念ながら、いまだに日本の歴史教科書の中には、モーセの出エジプトを史実として……記述しているものがある」と指摘しています。「聖書の記述を無批判に史料として用いて書かれた……歴史は、今や大筋で否定されている」のです。出エジプト記の辺りは神話の領域に属するものであり、ダビデとソロモンの王国などの叙述も史実とは言えません。

さすがに専門家の指摘があった後では訂正されているだろう、と思いつつ、現在使われている教科書を確かめるべく、上野の国立博物館裏にある国会図書館の別館(国際子ども図書館)に出かけました。教科書を調べようとするとなぜか結構面倒です。まるで世間の目をはばかるかのように……。 続きを読む

「聖書、読もうぜ」

マコーマック『雲』について書いている間、頭痛は軽くすみました。頭痛と旧約聖書の間に関係があるのかも、と少し疑っています。もう一つ証拠が加わったようでもありますが……読書や執筆は、高地への旅のようなものだと考えることにします。頭痛を怖れていては到達できない場所があるのです。

旧約は読むのも苦労しますが、それについて書くのも一筋縄ではいきません。書名をどう表記するかという最初の一歩から問題が生じます。ご存じのように、旧約聖書とはキリスト教側からの名称です。主とユダヤ民族との間に結ばれた契約は、イエス・キリストによって新たに結び直されたので、古い契約に関わるのは旧約、新たな契約に関するものが新約というわけです。もちろんユダヤ教はこれを認めません。ユダヤ教で何と称しているかは、別項で。

主ヤハウェと契約を結んだ人々を何と呼ぶかも悩ましく(ヘブライ人、イスラエル人、ユダヤ人)、彼らの宗教がユダヤ教と呼ばれるようになる以前の「宗派」を何と記すべきかを含め、厳密さを求めるとそれこそ頭が痛くなります。一番面倒(と言っては失礼ながら)なのは、旧約聖書がキリスト教のものとして長く受容されて来たためか、扱い方について外からは見えにくい「作法」があることです。ケン・スミス『誰も教えてくれない聖書の読み方』は、この有形無形の聖書バリヤを一刀両断してくれました。 続きを読む

続・旧約聖書を通読するには

旧約聖書を通読するには適切なガイドブックが必要だと私は考えます。しかし、それだけでは足りないかもしれません。読み通す上で最も大変なのは、通読への意欲を持続させることなのです。新約聖書を読んだからとか、教養のためとか、面白いかもしれないとか軽い気持ち(?)で挑むと、前回触れた「レビ記・民数記の壁」が高い確率で立ち塞るでしょう。それで、中の有名どころだけ読もうとか、入門書で満足するとかいうことになり勝ちです。実際、読まないですましたい人向けの本は結構あります。

忙しい現代人にとって、あれ・・は長すぎます。しかし、1回通読しただけで偉そうですが、旧約を全部読まずにすますのは勿体ないと思います。そこで、非キリスト教徒限定で、通読意欲増進のために勧めたい本があります。『誰も教えてくれない聖書の読み方』作者のケン・スミス氏も訳者の山形浩生氏も聖書やユダヤ教・キリスト教の専門家ではありません。学者でも聖職者でもありません。

作者は『ロードサイド・アメリカ』というベストセラーを書いた多方面に渡る才人、訳者は数多くの訳書があるものの翻訳家ではなく……何か凄い人(初耳という人は検索してください)。そんな「素人」に聖書をめぐる本なんて書けるのでしょうか? 書けるし、むしろ「素人」こそ書くべきという面があるのです(後述します)。で、『誰も……』に何が書いてあるかと言えば、聖書(新約を含む、というか新約の方が比重が大きい)の揚げ足取りです。私じゃなく、訳者の山形氏がそう言っています。 続きを読む

旧約聖書を通読するには

前の投稿で予告した「旧約聖書の凄さ 番外編」です(予告の投稿自体は削除しました)。番外編も何回かの続きものになります。

旧約聖書を読み切ったのは良い経験だったと改めて思います。ページを繰るのももどかしいといった面白さとは対極にある本ですが、読書の楽しみの奥深さを再認識させてくれました。旧約に挑戦して、「創世記」「出エジプト記」までは読めても、続く「レビ記」「民数記」で断念する人が多いのだそうです。これを「レビ記・民数記の壁」と加藤隆氏は表現しています(『旧約聖書の誕生』)。

私もこの壁に阻まれて、何度か挫折しました。その後、壁を突破したものの「申命記」から「ヨシュア記」へと続いて現れる虐殺場面に気分が悪くなって、読み進められなくなりました(#24参照)。災い転じて福、ここで虐殺の記録について調べるために旧約関連本に何冊かあたったことで、通読への道が開けました。旧約は、それ一冊だけで読み通すのは難しい本だったのです。 続きを読む

旧約聖書の凄さ(8)  #59

彼方から呼ばわる声が聞こえた日の夜明け(適当)

旧約聖書は、弱小民族が過酷な歴史に翻弄される中、生き残りのために編んだ叡智の集成だった。旧約の凄さは、つまるところ、そこにある。ヤハウェ信仰につながる人々は、アッシリア、バビロニアによる侵略と捕囚、ペルシア、ローマ等による支配を受けつつも、旧約聖書を完成させ、ユダヤ人としてのまとまりを維持した。一方、たとえば彼らの国を滅ぼした大国アッシリア、バビロニアは歴史の流れの中で滅び去り、その後、民族集団としてのアッシリア人、バビロニア人は消滅してしまう。

旧約の中で、ユダヤ民族の生存戦略のイデオロギー的な側面が最も顕著に現れているのは、イザヤ、エレミヤ、エゼキエルの三大預言書だろう。予言者たちは、敗残の同胞にこう語りかける――主は他国の神に敗れたのではない、主の他に神はいないのだから。我々を蹂躙した敵は、我々を罰するために振るわれる神の鞭なのだ。だから、支配者に対して抵抗するな、主は、我々が主との契約を破り、罪を犯したことを許しはしない。しかし、主は我々を見放さず、やがて救いの手をさしのべるだろう。

預言者たちは、自分たちの犯した罪と下される罰について熱弁を奮う。それが(短いとは言えない)預言書を通して執拗に続き、読んでいる私の脳内には濃霧が立ちこめて来るかのよう……だったのが、ある時一挙に展望が開けたことは前に述べた(#52)。旧約の罪と罰というテーマは、預言書以外の箇所では、物語化されたり、詩文化されたりしてある程度受容しやすくなっている。しかし、預言書はイデオロギー剥き出しなのである。そのため、預言書からは、はるか遠くで呼ばわる「声」が、聞き苦しいほどしわがれてはいるが真剣そのものである「声」が聞こえて来るのである。 続きを読む

旧約聖書の凄さ(7)  #58

バビロンの郊外電車 「神聖な牛」の塗装が施されている

信仰に篤く高潔なヨブは、罪もないのに家族や財産を全て失い、業病に苦しめられる。それでもなお忠実な神の僕であり続けられるのか……? ヨブ記の問いは旧約時代のユダヤ人に止まらない普遍性を持っていたため、幾多の哲学者や宗教者によって追究され、重要な文学作品を生み出すインスピレーションの源にもなった。とはいえ、ヨブの問いかけは、何よりバビロン捕囚以降の苦しみの中にあるユダヤ人にとって切実なものだった。

ヨブの不幸は、イスラエル北王国滅亡以降、ヤハウェ信仰の立て直しをはかって来た人々の悲運と見合っている。彼らは周囲の堕落した信仰のあり方を否定して、ユダ王国ヨシア王の元で宗教改革を行い、正しい戒律や依って立つべき民族の歴史を編もうとしていた。だが、そうした試みはバビロニアによる侵略で虚しくなった。異教徒が繁栄を謳歌する一方、ヤハウェ信仰につながる人々は、信心の薄い者も篤い者も等しなみに捕囚やディアスポラという悲運に苦しんだのである。篤信者の立場は、ヨブに相似と言える。彼らが捕囚下で旧約の基を築いたのだった。

ヨブ記は旧約聖書の中で、創世記と出エジプト記ほどではないにしろ、よく読まれている。私も今回二度目のはずだが、前回読了したのか怪しい。今回、ヨブが全てを失った上に重篤な皮膚病に苦しめられるところまでは順調だったけれど、友人による説得が始まると辛くなった。ヨブと友人三人はお互い一歩も譲らず、議論を続ける。まるで花いちもんめのようだ。子供の頃、外から見ても、参加しても、何が面白いのかさっぱり分からなかった、あの感じ。平行線のまま、延々と議論は続く。 続きを読む

旧約聖書の凄さ(6) #57

バビロンの車市場にて

バビロニアによる捕囚とアケメネス朝ペルシアの支配の下でも、ユダヤ人は一つの民族集団として生き抜くことができた。独自の国を再建することはかなわず(第二次世界大戦後のイスラエル建国まで)、各地に分散して居住(ディアスポラ)しながらも、「宗教民族」として存在し続けたのである。その核に、ヤハウェ以外の神を認めない一神教という宗教の独自性があった。

しかし、先祖伝来の土地と結びついた民族的な基盤を根こそぎにされる捕囚のような状況では、独自の信仰や生活習慣が失われていくのは自然な成り行きだ(現代でも、同胞コミュニティのない国への移民なら同じこと)。バビロンに閉じ込められたユダ王国の人々は、そのような有様を周囲で見聞きし、また我が身のこととして体験していたはずだ。その結果どうなるか、彼らは捕囚以前に知っていたのである。

ヤハウェ信仰を共にするイスラエル北王国の人々は、アッシリアによって各地に分散して居住させられ、民族としては雲散霧消してしまう(いわゆる「失われた十部族」)。南のユダ王国には北王国の滅亡から逃れて移住した人も多く、彼らは山我哲雄氏の言う信仰上の「革命」の担い手ともなった。北王国の滅亡を直接、間接に知る人々は、捕囚という状況下、北王国の悲劇を繰り返さず、民族を存続させるために何が必要か懸命に考えたはずだ。 続きを読む

旧約聖書の凄さ(5) #56

バビロンの祭り(町田だったかも?)

バビロンは古代都市の固有名であると共に、特にキリスト教世界において邪悪や淫乱の象徴でもある。この悪名はバビロン捕囚抜きには考えられない。紀元前6世紀のバビロンには、ユダ王国だけでなく、ネブカドネツァルが征服したいくつもの国の人々が捕囚として住まわされていた。ユダ王国以外の多くの人々は、この「魔都」に留められる間に民族的な同一性を失っていったようだ。旧約聖書以外、捕囚された側の記録が残っていないらしいのは、ネガティヴではあるがその証左となりそうだ。

一方、ユダ王国の人々は自らの同一性を保持しようと決意し、実行する。その成功の結果として現在につながるユダヤ人、ユダヤ教が析出されたのだった。捕囚後エルサレムの神殿でヤハウェを祭ることができなくなると、互いに寄り集まって礼拝するようになる。これがシナゴーグでの集会につながる。信仰の身体的な刻印として割礼や、日常生活の型枠として週に一度の安息日を守ること、食べ物の禁忌なども、ヤハウェ信仰と独自の民族性を保持し続ける強力な装置となった。

ユダヤ教、キリスト教は「一神教」というのが常識だが、「ヤハウェの他に神はなし」という「唯一神教」として確立されたのも、実はバビロン捕囚以降のことである。それまでのヤハウェは、「私たちが契約する唯一の神」や「神々の中で最も優れた神」だった。そのつもりで旧約聖書を読み返せば、「ヤハウェの他にも神がいる」ことを示唆する記述はいくつも見つかる。山我氏の『一神教の起源』では、これを旧約編纂時の「検閲漏れ」と書いている。例を見てみよう。 続きを読む